蓮生寺は納骨堂・墓地を
有しておりません

 

 

納骨に関しての質問を
いただくことが多いので、
少し丁寧に説明させて
いただきます

 

納骨については、

「時代」「地域性」が

大きく関わってきますので、

ここではあくまでも

「最近」「都市部」

ということで

お伝えさせて頂きます

 

火葬場でお骨を拾う

お骨を
持たれる

お墓に納骨する

 

昭和の時代までは、

これらの流れが当たり前でしたが、

今では個々のご事情を

大切にしていく流れが多くあり、

墓じまいの数も

増えてきているのが現状です。

ですので、

「お墓に納骨をする」

という流れが

「一般的」ではなくなって

きているように

感じることもございます

 

納骨とは、
「お骨を土に還す」
ということが大切

 

私は僧侶の立場ですので、

ご家族、

一族様が不調和にならず、

末永く円満に過ごせることを

最優先の選択肢として考えています。

ですので、

これが石屋様や霊園様の立場ならば、

最優先に考えることが少しばかり

違ってくるかもしれませんので、

この「納骨について」のお話は、

あくまでも僧侶の立場で

申させて頂いていることを

ご了承頂ければ幸いです

 

お墓はあれば
あるで素晴らしい

 

「故人様に、ご長男様がおられ、

ご実家の近くで就職し、

ご結婚され、お孫様もおられ、

地元に残る意志がある」と、

ここまで、

一族の方々が

繋がっているのならば、

私はお墓を建立されることを

ご提案させていただくことも

ございますが、

それでもまだ、

費用面・墓守の面・

一族様への愛情などが

曖昧ならば、

手放しでは勧められません。

しかし、

一族様の状況・経済状況・

お墓を護られる意志・

一族様を大切にしていきたい意志が

確認できた時は、

お墓という存在が

「一族様の円満」に於いては、

非常にプラスとなるため、

お墓があって良いと

お伝えさせて頂いております

 

私は、納骨堂を、
あまりお勧めしておりません

 

最初に申しておきますが、

全否定ではありません。

「納骨堂で30年

「納骨堂で永代供養」など、

書類のお手続きをされた

中心となる

ご家族様は納得できるものの、

広く「一族様」を見た場合には

「結局、お骨はどこに行くの?」

「土に還してあげないの?」

「何十年したら、また移動するの?」

という小さな疑問と、

手続きをされた方々への

小さな疑念を生むことが、

それなりの確率でございました。

それというのも

「納骨堂」が一般的に

普及してまだ100年前後と、

歴史的な信頼がないことも

関係しているかもしれません。

 

いずれにしても、

「一族様が永く円満でいくために」

という立場から見れば、

納骨堂にお骨がある限りは

目に見えて土に還らないため、

一族様の理解と、

手続きをされた方への信頼が、

思いのほか得にくいところもある。

というように感じることが

あります。

ただ、

日進月歩、

納骨堂も日々、

進化しておりますので、

「ちょうどいい」場所が

見つかったときは、

まったく問題ありませんので、

そのまま進められてください

 

「墓じまい」は
「無縁仏」とは正反対です

 

「無縁仏」という存在の影で、

その一族様の一人一人が

どれだけ心を痛めて

亡くなられたり、

また、

現在も、心の中で

「ちゃんとできていない」

「申し訳ない」と、いう

お気持ちを抱えられて

生きておられるかと

考えるだけで、

私は心を痛めます。

 

しかし、

お墓の手続きが

出来る人間は一族様の中でも

限られており、

次の代になると、

一族様の中で世代を超えた

複数人の同意が

必要になってきたりして、

動くことが月日と共に

困難になってまいります。

そのように、

お墓を触れる機を逸してしまうと、

次になかなか

チャンスは訪れません。

ですので、

墓じまいを行った方が

良い段階かと判断された時は、

健康な、お体と、

勇気、費用などの、

生きる上でのエネルギーが

多大に必要になりますが、

未来の御一族様のために

行動されることを、

私はお勧めしております

 

蓮生寺で
納骨は出来ませんが、
ご葬儀を蓮生寺を導師として
行われた故人様に於きましては、
三回忌までは無料で
お預かりいただけます

 

蓮生寺は霊園での区画や、

納骨堂は持っていません。

そして、

今後も必要ないと

考えております。

それというのも、

蓮生寺は三回忌までの

収蔵(しゅうぞう)に

特化しており、

今後も蓮生寺が導師として、

ご葬儀をさせていただいた

新仏様のお骨に限り、

お声があれば、

三回忌まで本堂にて

お預かりさせて頂き、

毎日の朝事、夕事の

お参りをさせて頂いております。

そして肝心のお骨は、

三回忌が終わった後か、

それまでの間に

当家様がお探しされた場所に

ご納骨される流れに

なっております

 

 

火葬場で
「お骨を拾わない」という選択

 

これらのように、

「お骨のゆくえ」は

昭和の頃の常識である

「お墓」か「納骨堂」という

2種類に比べて、

現代はそれらを

中心に細分化されてきており、

「お骨のゆくえ」の方法は

多様化しております

もしかすれば、

これほどのスピードを持って、

多様化していく流れというものは、

長い長い日本史の中でも

初めてのことではないでしょうか。

だからこそ、

蓮生寺はどの選択肢も

お手伝いをしていけるよう、

お墓も納骨堂経営もしておりません。

もちろん、

お寺としても、

このような変化に

ついていくことは

初めての経験なので

大変ですが、

それでも

「見たことも聞いたことも無い」

「考えられない」という

「お骨のゆくえ」は、

1つもありません。

それはおそらく、

蓮生寺だけではなく、

お寺という存在は、

それだけの経験や、

その先々のことも

見て来ていますので、

お悩みのときは、

お気軽にご相談ください。

 

ただやはり、

私の場合に限りましては、

ご葬儀を蓮生寺が導師として

行われていない

お家の方々の、

「お骨のみのご相談」は、

判断が難しくなります。

それというのも、

儀という、

ご一族様のお姿が

一番表れやすい場での

一族様の雰囲気を、

私が感じられていないことや、

ご一族様全体として、

ご葬儀に来てもらっていない

お寺(蓮生寺)を

信用していただけないことなどから、

お互いの言葉が、

通じにくいケースとなる可能性が

高いと考えられるからです。

それゆえに、

ご葬儀を蓮生寺僧侶が

行っていないご一族様の

「お骨のゆくえ」に関するご相談は、

判断が難しいケースもあると、

ご理解いただければ幸いです。

しかし、やはり、

「たかがお骨 されどお骨」

ご一族様の将来にとって、

一番の争いの種にもなり、

また、うまくいけば、

一族様への平穏を

もたらすことができる、

お骨という存在でありますので、

その時が来たならば、

ご一族様の将来のためにも

尽力されることを

おすすめしています