住職あいさつ

 

 

はじめまして。

蓮生寺住職の尾上智和と申します。

 

 

まずは令和2年、

おめでとうございます❀

昭和・平成が終わり、

さみしい気持ちもあり、

また、新しい季節が楽しみでもあり、

日々、人生は苦なりと言われる中で、

私は日々、できることを

させていただいております。

 

 

令和2年は、

私が蓮生寺に来させていただき、

7年目を迎えます。

住職としては5年になると思います。

私が今年で40歳になるので、

30代としては

精進できたのかもしれません。

 

 

それが、何を指すかと申しますと、

少し専門のような話になりますが、

私は西宮のお寺が実家です。

 

そして、私は次男でありますので、

実家を継ぐことは

考えていませんでした。

 

いえ、正確には、親のあとではなく、

独り立ちをしたい考えが

私の根底には自然の

こととしてありました。

 

 

その想いは、私の国籍が

日本とアメリカの

2重国籍であったことが

関係しているかもしれません。

 

 

私が中学生の時に、

サカキバラという事件

オウム真理教

阪神大震災

それらの出来事があり、

私が、日本の将来を

憂いた変化は

次の2つです。

 

携帯電話の普及と、

裁判(弁護士)の

普及・一般常識化

 

この2つの変化は、

これまでの日本と、

これからの日本を

分断していく大きな変化であると

私は危惧していました。

 

 

 

それらのことを思うと、

従来のお寺では、

日本の未来に太刀打ちが

出来なくなる側面も

見えてしまいます。

 

その反面、

お寺が日本の中で

必要とされてきた

一面もまた、

見えてきます。

 

 

ですので、

私がするべきことは、

1つのお寺を護るために、

日本を見るのではなく

日本のために、

1つのお寺が尽力する。

 

本質の部分で

1番で在り続け、

あとは、進化し続ける。

 

 

その方向性は?

と、申しますと、

私の僧侶としての本業は、

求道と伝道です。

 

そして、

住職としての役割もあります。

そして、お寺の本質は、

聴くことと、

・・・・と、・・・・です。

 

と、ここは、

この場では、

異論反論を

受けられないので、

平和にいくため、

シークレットと

いうことでm(__)m

 

 

など、令和2年も、

私がイヤイヤ、

蓮生寺にいるのではなく、

私が今年も蓮生寺にいる。

ということだけでも

この場で伝われば幸いです。

 

 

 

ですので、

なにか、不安なことや、

苦しいこと、

学校でイヤなこと、

家庭でいやなこと、

親族様のことで

苦しすぎることなどがあれば、

いつでもお声かけください。

 

 

しかし1つ、

先にお伝えしたいことは、

私は、プロの読経家でも

ありますので、

喉の調子に不安を

感じる日があれば、

長い時間のお話ができません。

そこは申し訳ありません。

 

 

それでも、

お声かけいただければ幸いです。

それでは、令和2年も、

ともに

「なんまんだぶつ」の道を

歩んでまいりましょう。合掌

 

令和2年 

蓮生寺住職 尾上智和